『北斗の拳』の後、何を描くかに迷ってどん底にまで落ち込んでいた時期がありました。その時に原作となる隆慶一郎先生の『一夢庵風流記』に出会い、「かぶく」という観念を隆先生から教わった。それは命がけで遊び、富や権力に流されず自分の信念を立て通す姿です。そんな生き様を体現する慶次は、次の作品の主人公としてすぐにイメージできましたね。
あの時に隆先生に出会っていなければ、今の漫画家としての自分はいない。『北斗の拳』で漫画家として終わってもよいと思っていましたから。ただ隆先生と出会い『花の慶次』を描くことで、僕自身も「人としての生き方」を学んだ。漫画家生命を伸ばすきっかけになった作品ですね。
慶次たちが生きたのは、男同士の付き合いに"義"が重んじられた時代。僕はそういった男たちの友情や生き様が好きだし、それを描くのが僕の役目だと自認しています。僕自身があまりそういう人間ではないので、憧れがあるんでしょうね。僕は子どものころ、本当にひ弱だった。『花の慶次』では、そんな少年時代になりたかった人物像や当時の悪ガキたちを、慶次や他の登場人物に投影させました。だから"脇役"とか"ちょいキャラ"といった考えはまったくない。すべてのシーンを"人間対人間"として描いたので、どれだけ憎い敵キャラでも死ぬ時は涙が出そうになっていましたね。
現代において、慶次のような生き方は簡単にはできないし、してはいけない。作中でも中途半端な覚悟でかぶいたキャラはすぐに死んでしまいます。とは言え、作品を読んだ子どもたちが大人になる上で「こういう生き方もあるんだ」というヒントになる可能性はあるので、そんな思いを込めて描いていました。僕自身もマンガを読んで育ち、マンガから学び、時にマンガに助けられて大人になりましたからね。
自分が年を重ねるにつれて、若さの輝きは宝石だと強く感じます。だからこそ子どもたちには何よりも若さを大事にしてほしい。そんな思いを伝えたくて、慶次にも負けないかぶき者である織田信長の少年時代を連載中です。この作品を通じて、信長が生きた戦国時代と平和な現代との距離を自分たちで考えてもらいたい。マンガはあくまで娯楽ではありますが、僕の作品が読者の人生に少しでも役に立つことを願いますね。
原哲夫プロフィール
1961年東京都渋谷区生まれ。1983年より連載された『北斗の拳』が、社会現象を引き起こすまでの大ヒットに。その後も『花の慶次~雲のかなたに~』『蒼天の拳』などのヒット作を次々と世に送り出し、そのハードボイルドな画風はその後の漫画家にも大きな影響を与えた。現在、月刊コミックゼノンにて織田信長の幼少期を描いた『いくさの子ー織田三郎信長伝ー』を連載中。